▼起業家File.065 陳氷雅さん 日中友好筆談普及協会 代表

 

日本の中国語学習に革命を‼カネなし、コネなしの外国人留学生が著者デビュー。 

 

1987年中国浙江省温州出身。2007年11月から上海で中国語を教え始め、2010年来日後早稲田大学入学、中国語と日本語などの第二言語教育法を研究。9年間延700人に向け中国語を指導。2014年11月従来の発音教育法に疑念を抱き、長年の現場経験を生かして開発した速攻学習法を実践するため、麻布十番にて12時間でマスターする日本最速中国講座「氷雅の中国語塾」を主宰。通じる中国語の楽しさをもっとたくさんの方に味わってほしい!日本の中国語学習に革命を!真の日中交流実現を目指して、東京で語学教育・翻訳・執筆活動に励む。最新刊の「筆談で覚える中国語」はAmazonランキング中国語部門で1位を獲得。

●幼少~大学時代―

セーラームーンを見て日本への憧れが次第に強くなる。
日本語の勉強、施先生との出会いから日本文学の世界へ。

 

1987年中国浙江省温州生まれ。「温州人」は昔から商才に長けていて「中国のユダヤ人」と呼ばれるほどで、環境的には大阪の街に近いイメージです。男性が宴席で寄りあうと、「商売・投資・ビジネス」のネタばかり、そして食い倒れるまで呑みます。

 

母は温州より陸側の「青田」出身で、「外来嫁」と言われていました。当時は高校卒の美人、しかもプライドが高かったため、嫁入り後は見知らぬ温州に馴染めずに色々辛い思いをしたようです。父は20代の時に投資で成功して億万長者になったものの、その後大きな借金を負うとに…、母は父が一番貧しい時に嫁ぎ、私も一番貧しい時期に幼少期を過ごしました。

父は一時期農民に戻り、その後農家から果物屋に…朝暗いうちに家を出て夜遅く帰宅、真冬も寒空の露店で商売していたのを覚えています。一年間のうち一家団欒で夕食をするのは4-5日程度でした。私が5才の時、弟が生まれて家庭内の環境が一変します。両親や親せきは大喜びで家庭は明るくなり、弟は大切に育てられるようになりました。温州では今でも古風な男尊女卑の世界で、25年前なら尚更です。すべて長男が優遇され、女の私は一気に存在感が薄められたような気がしていました。唯一の私の武器は勉強ができることだったので、将来は学業で身を建てるしかない、と成績を意識するようになりました。

 

また小さい頃から妄想が好きで、頭でストーリーを展開し、自分でメロディーを合わせ、ファンタジーの世界で生きていました。父のお酒の宴卓で会ういわゆる「商売人」が大嫌いで、密かに文化人に憧れ始めました。中学生の時、学校からの帰り道に本屋が数件あり、それらの本屋で壁一面の台湾小説を立ち読みするのが一番の楽しみでした。さらに模倣的な小説を書き始め、クラスで転覧されたことがあります。お陰で文章を書くことが好きになり特に作文の点数が高く、学校トップの点数を取ったこともあります。それから、その本屋に台湾訳の日本漫画も揃っていて、壁3面ぐらいの漫画を完読しました。ちょうど14才の時テレビで『セーラームーン』が放送され、「勉強できなくても、愛されるんだ」と不思議にセーラームーンたちが生活していた「東京」「麻布」に憧れるようになりました。また、雑誌では「日本が世界で一番清潔な国」「アジア1の読書率高い国」…という記事を目に留め、徐々に日本に住んでみたい‼という願望が芽生えてきたのです。

 

高校は実家を離れ、バスで5時間ほど掛かる全寮制の温州任岩松高校へ入学。名門進学校で競争は熾烈でした。学校基準でみれば、それほど成績がいいというわけではありませんでしたが、学生官僚(日本の生徒会)として働きました。生徒会秘書官、学生記者団副団長(学校直轄)などの役職で、学園祭の総指揮、国旗掲揚・朝礼・身だしなみや衛星チェックなどを担当しました。また校内紙でエッセイを発表するのが一番の楽しみでした。

▲上海杉達大学時代の学生寮にて。
▲上海杉達大学時代の学生寮にて。

 

大学受験は、父としては法律を学んで、官僚として出世して欲しかったようですが、あいにく高校の成績はさほど良くなかったので、好きでもない法学をやっても意味ないと思い、日本への憧れから興味深々だった「日本語科」を志望しました。2005年9月上海杉達大学日本語科へ入学(先日NHKの番組で芥川賞作家の又吉さんの中国講演が放送されていましたが、まさにその大学・学科です)。大学1年2年は日本語の基礎を勉強するために、図書館で日本語漬けの毎日でした。ネットで「のだめカンタービレ」などのドラマを繰り返して見て日本語を覚えたため、私の話し方は「のだめ」風に…(笑。

日本への憧れから始まった日本語の勉強は大好きでしたが、先行きが見えなくなりつつあった大学三年生の時、大きなチャンスが巡ってきしました。中国でも有名な村上春樹氏の翻訳家である施先生が日本から帰国し、我が校の日本語科の主任になったのです。見た目は昭和の文人感が漂う感じでカッコイイ施先生の下で「文学サロン」を開催、本格的「日本文学の世界」に触れるようになりました。特に表面は道芸に生きていますが根っこが退廃的で不甲斐ない太宰の世界に深く共鳴しました。また日本語科は施先生の到来で活性化し、色々なイベントが企画できるようになり、例えば校内の「日本語スピーチコンテスト」を開催。そこで私は一位を取り、学校代表として全国大会出場も果たしました。おかげて「中国語教師」の仕事依頼も入り、2007年に中国語講師としてデビューすることができました。

●上海大学時代、日本留学

憧れの日本留学、東大文学部受験は3度失敗…。
「中国語教育」へ志望変更して早稲田大学へ学士入学合格。

 

4年生になり卒業を控えて「学校の姉妹校である東京経済大学より、カトリック学校で、太宰研究者安藤宏先生が在籍している上智大学の方がいい」という推薦を得て、上智大学の受験を目指すことにしました。しかし、安藤宏先生がその後すぐ東京大学に移ったため、急遽上智大から東大に進路変更。回りの人からは「東大なんか、早稲田よりもはるかに遠い存在なので、無理無理!」と言われましたが、努力すれば夢は叶う‼と決死の覚悟で望みました。しかし案の定、中国での一回目書類申請は失敗(涙。それでも諦めないで、今度は来日して下落合の日本語学校に通いながら、2年間チャレンジしましたが、2度撃沈><。。

進学では挫折を繰り返していましたが、日本語学校ではトップクラスの成績でしたので奨学金制度対象となり、仕事も中国での中国語講師経験を生かして、渋谷で中国語講師のポジションを頂くことができました。中国語講師の仕事は順調で楽しかったので、いろんな研修に顔を出しました。ちょうど早稲田大学孔子学院の研修で出会った早大の教授に「文学ではなく、中国語教育をやらないか」と誘われたのがキッカケで、志望を「文学部」から「中国語教育」へ変更。この時大学院の出願時期は終了していたので、最初から望んでいた「学士入学」で入学しました。なぜ「学士入学」にしたかと言うと、日本語学校滞在中、多くの大学院が少子化と学歴社会衰退で生徒数が足りなかったのです。そこに中国人留学生が殺到し、変な中国コミュニティになっていました。せっかく日本に来たので、中国コミュニティではなく、日本の方と交流してみたいという思いで、院ではなく学部への入学に拘りました。

 

早稲田の学士入学は「念願達成」しましたが、そこに色々な試練が訪れました。まず「学費」です。初年度100万円と大学院の倍以上高く、どおりで留学生が競って学費も安く学歴も保証される「院」に行くハズと痛感しました。それから「時間」です。2年で4年分の単位を履修するので、それなりに講義が多かったです。しかも、私は知識にかなり貪欲で「教職」や副専攻の「日本語教育」「映画演劇」「医療」など幅広い単位を登録しました。とにかく時間がありません。ましてや学部での奨学金が下りなかったため、学費、生活費も全部自分で賄うことになり、早稲田に対する印象は「貧乏ヒマなし」だけでした。もちろん、勉強はそれなりに楽しかったです。単位が取れない講義もありますが、いろんな先生に会えて、いろんな思想に触れて刺激的な毎日でした。当然サークルで楽しむ余裕なんかありません。朝5時から8時までマックで働き、そこから9時〜18時までは大学で講義受講(時々は22時まで)、講義が終わるとダッシュで渋谷へ走って中国語のレッスン。そんな忙しい日々でした。

 

 

●起業のキッカケ―

出版オーディションで1位を獲得、出版オファー。

2冊の著者デビュー、日本の中国語教育革命スタート。

 

 中国語を教え始めたのが20才。最初は日本語を話すためだったですが、だんだん「語学学び」の楽しみを味わえるようになったので、ずっと継続して来ました。

しかし、毎回他の教室の前を通る時、日本人学生さん達の苦しい発声練習に遭遇します。「そんな苦しい発声練習で、本当に通じるのかな? 私なら、指摘されても絶対言いたくない発声なのに!」「学生ではない限り、そんな細かい発音や文法はいらないのに!」「語学は通じればいいのに!」「中国人も7割の人は綺麗に話せていないのに」「日本人なら、もっと楽な手段があるのに」…などなどそんな疑問がずっと頭に残っていました。

 

2014年は大学卒業を控える年で、帰国か留日かを白黒ハッキリさせる時期だったのですが、これで中国に帰るかと思うと、いろいろな後悔が残っていました。7年間も中国語教室で教えて来ましたが、結局どの教室でも中国語の本質的なコトを伝えきれていないこと!「日本の中国語教育」を学んだ7年の経験とオリジナルなセンスで私なりの「貢献」をしたいと思うようになりました。「新しい中国語教育」の教室を作りたい!

 

「受講生が中国語をマスターしてすぐに卒業できる教室(楽しく、親しみを持って学べる)」

「言葉というより文化、対人コミュニケーションを先行して教える教室(中国文化への理解、愛)」

「中国語の中でも通じる言葉のコツを最短で教える教室(即戦力、実践力が身に付く)」

 

無一文で、人脈ゼロですから、いきなり開校はできないですが、セミナーならできるのではないかと思い、ネットでセミナー開催の本を爆買いした時に、松尾昭仁先生の著書「セミナー講師になって稼ぐ法」との出会いがありました。徹夜で一気に通読し、帯にメルマガ登録がありましたので、そのまま登録し、即ご案内頂いたセミナーに参加したのが翌日のことです。「セミナー講師」というより「著者」になるという内容でした。なるほど、本を書けばセミナーも開催できるようになるのですね。コンテンツなら山ほどあり、自信があります。本で中国語教育業界に革命を起こします!と気持ちだけは高ぶっていました。

ただお金が一円もないので、ボランティアスタッフと成果報酬という形で、いわゆる「出版オーディション」に参加させていただきました。松尾先生のセミナーに参加したのが2014年の10月15日、一ヶ月後、早稲田大学近くの古い雑居ビルのスペースで1回目のセミナーを開催しました。「五つの漢字で分かる中国人」というテーマでした。そして、その間、ほぼ一週間1-2回のペースでボランティアスタッフをし、2015年3月3日にオーディションに初めて参加しました。それはそれは超緊張のプレゼンタイムでしたが、お陰様で1位となり出版社9社からお声掛け頂きました。

出版オーディションで完全燃焼した後、根詰めていた生活の疲労からか、インフルエンザにかかり、一ケ月以上全身の筋肉痛と頭痛に苦しみ、異国の地で死ぬかと思うくらいでした。6月から、正式に執筆に入ったのですが、いくら書いてもダメでした。編集の方はとても優しい方で、「好きなように書いて…」と言いましたが、あまりにも論文風でしたので、2ヶ月も家にこもって書いた最初の10数万字は全部ボツでした(泣。そして、とうとう生活費の底が付き、本当に無一文になり、外に出る交通費もなく、家賃も滞納で追い出される寸前に…。

本来なら卒業したはずの身ですが、本に対する執念で、親の反対を押して留年を選んだので、父親に怒られ、生活費の支援も打ち切られていました。ストックしていた食料も残り僅か、名古屋の知り合いから送られてきたお米やきしめんでなんとか生きて来ました。そんな中、最大の支援者はやっぱり母でした。こっそりお金を調達して送金してくれたことは、感謝しきれいほど嬉しかったです。しかし、日本で生活する無職の「作家」を支えるには、母の仕送りでは充分ではありません。学費、生活費、必要最低限の交際費、交通費など…今思えば、地獄としか言えませんでした。しかし、そんな思いの中で書いた追加の10数万字だったのですが、その後数ヶ月出版社からの音沙汰はありませんでした。

 

2016年の1月から本がでるまでの間、ドン底の人生でした。28歳でお金ナシ(逆に学費の借金だらけ)、恋人ナシ、学歴ナシ(病気がちで出席率がひどく、中退寸前)、家なし(シェアハウス生活)、本出版の見込みもなし。本当に、親のメンツを丸潰しにしたお荷物娘で、生きる価値なんかない!そう思い、12階のシェアハウスのテラスから飛び降り自殺をしかけたこともありました。東京の夜景は綺麗、しかし、私の居場所がどこにもない。車は流れて行く…結局死に切れず、原稿執筆に戻りましたが…。

 

1冊目が音信不通の時、2012年出版アシスタントをしていた旺文社様から「簡体字」について本を書きませんか?というオファーが来ました。ちょうどセミナーで簡体字の覚え方を教えていましたので、そのままコンテンツ化しました。今回の担当は二人の美人編集者さんで、サンプル提出から、毎章の原稿提出までという細かいスケジュールで進んでいました。10月に企画が決まり3月入稿と、トントン拍子で2016年5月に無事出版することができました。

 

『簡体字ワーク』が出版された半年後、1冊目として執筆した本『筆談で覚える中国語』も2年かかって、無事書店に並ぶこととなりました。帯の写真は人生最貧困の時の顔を記録しました。父親曰く「老けている!」(3年半帰らなかった実家にやっと2017年1月に久しぶりに戻り、2冊の本を父にプレゼントしました。)まあ、それは老けるよね(笑。

 

私はいろんな意味で運に恵まれた人生だと思います。最初に参加したセミナーは著者養成セミナーで(途中色々あったのですが)無事著者デビューしました。また、もっともっと日中の交流を促進するために、日本人でも親しみやすい日中共通の漢字に着目して、「筆談活用で日中友好」を普及するという社会活動をしたいと思っていたら「めびうすのWA」に出会いました。さらに来日はもともとセーラームーンへの憧れから生まれたもの、その聖地である麻布十番の不動産社長に応援いただいて、なんと麻布十番で講座開催することができました。またプロの作家を目指すために、現在700万部超えているベストセラー作家さんの近くでお仕事をしています。

 

もちろん、女の子として、日本という「男性社会」で嫌な思いもかなりしましたが、幸い男勝りのためか、性別を超えいろいろな応援も頂きました。最初はなんでも一人でやると思っていましたが、結局一人では到底できないことに気づきました。これからも、同志の友と協力しながら更に仲間を増やして、この社会活動に貢献してゆきたいと思います。

 


●起業の準備、今後の夢、目標‼
まずは著書10冊をスピーディに上梓したい‼
そして中国語教育を通じて日中友好のために交流の仕組みをつくりたい‼

 

実は、当初設定した著作目標は10冊です(中国語のハウツー本だけで5冊、関連のもの2冊、後は自分の書いた小説3部)。2年かかって、2冊しか出せなかったのです、やっぱり自分の行動や生活スタイルに問題があります。これからはもっとスピードを出し、初志目標の10冊を完成したいと思います。そして、日本だけではなく、中国でも出版を実現したいと思っています。

また語学学習者として、日本の英語学習や中国語学習にも「ズレ」があることに気づきました。語学は「教養」としてストックするようなものではなく、使いこなすことでその価値が発揮できます。中国語教育現場から、多くの学習者がその点にあまり着目しておらず、現場では「細かい発音」の段階で面倒になって挫折している現象を見て、何とか改善したいと思いました。

「使える中国語を目指そう」「手段はいくらでもある、日本人なら筆談という手まである」…そのことをより多くの日本人に伝えたいです。人と人のコミュニケーションがあれば、そこに国柄などは重要ではなくなります。それこそ真の日中交流だと思います。日本の中国語学習者を1000万人増やしたいと思っています。

 

そして一般社団法人として法人化を目指すのは、より多くの日本人が今時の中国人と触れ合うチャンスを作りたいという思いからです。私自身が留学中あまり日本の方との付き合いがなかったため、一般社団法人を立ち上げて、定期的に上質な交流の場やお互いが理解しあえる仕組みを作りたいのです。語学はツールでしかありません、本当に重要なのは、人と人のコミュニケーションです。今は語学の先生として活動していますが、中国語教育の先はもっと日本の人に今の中国を知ってもらいたい、好きになってもらいたい、そして仲良くしていきたいと強く願っています。ですから、著書目標10冊の中で、語学の教科書だけではなく、中国についてエッセイや小説も書きたいのです。唐の時代のように、言語の壁が超えた友好関係づくりにもう一度挑戦します。


将来の目標や夢を整理してみました。
*NHKの講師になること
*テレビ番組「情熱大陸など」に出演すること
*TEDに出場すること
*「日中筆談普及協会」を本格的に法人化すること
*日本の中高大生に向けて中国語の魅力(筆談でできる)を説く
*ビジネスマン向けの速攻中国語講座
*インバウンド向けのA4一枚でできる筆談おもてなし研修
*日本人と中国人留学生のための月一交流会
*中国で自伝出版
*中国のマスメディアに出る
*小説が映画化になる
…など考えていると、妄想がどんどん膨らんできます(笑。

 

 「めびうすのWA」は松尾昭仁先生のセミナーの次に参加した会です。めびうすのお陰で「社会貢献や社会の課題を解決する起業家の方々にたくさん巡り合い、知的な刺激や燃やし続けるモチベーションの大切さを学びました。ビジネスマンというより、こちらのメンバーは「社会貢献」をしたいという思いが非常に強く、その志しに共感し、毎回の登壇者の方々のお話を興味津津で聞きました。まさか、今回私がインタビューされるとは、思いも寄らなかったです。こんな「発展途上」の私で大丈夫でしょうかと不安に思いましたが、松延さんに応援され、お引き受けすることにしました。社会の「応援」なら、大きいも小さいもないです。めびうすメンバーの一員になれることを、大変光栄に思います。

長い文章をお読み頂き誠に有難うございました。

 


▼陳氷雅さんの座右の銘 

「夢は実現します‼」

 実現しないのは、「思い」が足りないだけです‼

 



〇陳氷雅公式サイト
 https://www.hyoga.tokyo/

〇日本の中国語教育に革命を!ブログ
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☆認定起業アドバイザーとして活動中☆
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