▼起業家File.067 正能茉優さん 株式会社ハピキラFACTORY 代表取締役


  (株)ハピキラFACTORY代表&ソニー㈱社員兼業のパラレルキャリア女子‼

1991年東京都出身。慶應義塾大学総合政策学部在学中、2012年小布施若者会議を創設し、2013年(株)ハピキラFACTORYを創業。卒業後は、広告代理店に就職。現在はソニー㈱に転職し、(株)ハピキラFACTORYの社長も勤める「パラレルキャリア女子」。現在日本郵便とのコラボ「若者リクエスト」プロジェクトで、地方にある魅力的な商材を女性・若者目線でプロデュース・発信中。その経験を生かし、2016年経済産業省「兼業副業委員会」最年少委員に。北海道天塩町の政策アドバイザーも務める。また小布施若者会議も今年で5年目、強力な若者人財ネットワークに成長中。

 

▲酒屋の前で、父と私
▲酒屋の前で、父と私

●幼少~高校時代―

小学校受験で、筑波大付属小学校に合格、教科書のないユニークな授業。
小6から高1まで、読売新聞子ども記者に。貴重な著名人の取材体験。

 

1991年東京都荒川区田端生まれ。両親は高校の同級生同士で結婚、父はアパレルメーカー勤務のサラリーマン、母は管理栄養士として料理教室の講師をしています。幼い頃は食べることが大好きで、どちらかというと大人しい性格だったと思います。かぶと虫さんを育てて遊ぶことが多く、週末の軽井沢別荘生活では、夜中にカブト虫採集に出掛けるのが一番の楽しみでした(笑。

地元で通った幼稚園は、北島康介さんや芦田茉奈ちゃんも通ったということで有名です。母は私を音楽の道へ進めたかったらしく、幼稚園からバイオリンを始め高校まで続けました。ほかにもバレエ(クラシック、モダン)、習字、硬筆、油絵など色々な教室に通いました。

小学校は受験して筑波大付属小学校へ。教科書を使わない変わった授業スタイルで、小学校で教科別に専門の先生がズラリ。テーマの課題を調べたり、グループでコミュニケーションしながら自分で答えを見つけていくので、この頃から人と話すことが好きになってきたようです。好きな科目は理科と体育、運動神経は小さい頃から自信があり、運動会の時はいつもクラス代表のリレー選手でした。嫌いな科目は算数、2桁の掛算のひっ算を授業中に指名され、全く答えられなかったことがショックで、フツウの勉強が苦手なことを自覚(笑。他の友達は塾通いして教科書の内容を軽々マスターしていたのです。

小6の時、昆虫や花など自分が好きな自然を伝えることに強い興味を覚えて、ちょうど知床が世界遺産に登録された時に、読売新聞の子ども記者にエントリーして採用されました。月1回ペースで取材をして記事を纏め、いくつかは子ども新聞に掲載されました。印象的に残っているのは、世界的に有名なヴァイオリニストのナイジェル・ケネディさんの取材で、本当にカッコよくてそれ以来大ファンになりました。また中学の時、赤プリの素敵な部屋で行った五木寛之さんの取材では、すごく難しい言葉が多く私が攻められているようで、思わず泣いてしまった(苦笑。

中学もエスカレータ式に筑波大付属中学へ。筑波大はハンドボールが強く、憧れもあったのでハンドボール部に入部しました。中高大一緒に練習する時もありました。ここで出会ったチームメイトはそのまま持ち上がりで今でも仲良しメンバーです。あまり実践練習をするのではなく、週3回試合のビデオを見ながら作戦のシミュレーションをすることが大半でしたので、練習嫌いの私にはピッタリでした(笑。それでも都大会ではベスト8に進出できました。

高校も同じく筑波大付属高校へ。小中高と毎年夏に開催される清里での3泊4日の林間学校は、クラス仲間の結束力を高めてくれました。毎年の運動会の大壁画(分割してみんなで描く)も、絵が得意な私の活躍の場でもありました。ユニークな授業スタイルだけでなく、チームワークを創る仕組みがあって、仲良しの友達も沢山できて、とても素敵な学校に通えたことを誇りに思っています。また高校では更に自由度が高まり、唯一の校則は「花札とバイクは禁止」、それ以外は一切ありませんでした。

大学進学は、塾に通っていない私はセンター試験や一般入試など全く自信がありません。そこで面接重視のAO試験を狙うことに。これと言ってやりたいことが無かったので、①イケてる仲間がいる、②ブランド力があり、③好きなことが自由にできる大学という条件で絞ると、「慶應義塾大学総合政策学部」しかありませんでした
。面接では読売新聞の子ども記者を高校生まで続けていたので「新聞記者の論調の偏り、日本メディアの未来」みたいことをプレゼンし、「新聞記者になりたいならウチの学部じゃない方がいい…」など不可解な顔をする先生もおられましたが、運良く合格することができました。

●大学時代、起業のキッカケー

モーレツ社員全開も、リクルート事件で一転…社内失業状態に。
運よく「地域活性事業部」の創設メンバーで活躍の場を得たが廃部決定に…。

 

総合政策学部は予想通りステキな仲間がいて、ブランドもあり自由な環境で勉強ができる理想の大学でした。自宅から藤沢までの通学は少々面倒でしたが真面目に授業へ出席していました。ところが7月のとある授業で「新聞記者」の話題になり、私の主張について担当の先生からことごとく非難され、授業中にも関わらず私が大泣きするという出来事がありました(後に同志となる山本峰華は、同じ授業を受けており間近で見ていたようです)。私にとっては「人生初めての挫折体験」で、大きなショックを受け暫く立ち直れないほどでした。

そんな時に、ゼミの先生から「小布施(長野県)のまちづくりインターン(大学生30名枠)」に参加してみないか?と声を掛けられました。まだショックから立ち直れていない腑抜けな状態ながらも、新鮮な環境で新しいことに挑戦するのもありかな?という興味本位で参加してみました。暑い8月に缶詰になり「国道がどうとか?…」何故役所の人はつまらない議論をするのだろうと…。そこで最後のアイデアコンテストで同じチームになった山本峰華と男子の3人で盛り上がったのは「学生版ダボス会議(=小布施若者会議)」。当時欧州片田舎のダボスに、世界トップクラスのベンチャー経営者などが集って開催されたグローバルなイノベーションを起こすための会議を真似て、とても環境の良い小布施にヤル気のある大学生が集合して2泊3日の未来ためのアイデアコンテストを開催する、という企画です。「小布施をどうする?」という発想では限界があり、私たちは「小布施で何か面白いことをしてみたい」という発想から生まれたアイデアでした。

「小布施若者会議」はトントン拍子で採用されることとなり、発案者の私たちが主催を担当することに…。忘れもしない2010年9月7日~9日、全国から240名のアツい若者が小布施に大集合してアイデアコンテストを開催。

●起業のキッカケ、起業決断の瞬間―

起死回生の新規事業提案も縛りが多く…起業を決断!!
「イデア理念」と「起業や地域の価値創出」

 

2004年、旅行情報「じゃらん」事業における九州観光振興プロデューサーに就任し、「観光会議きゅうしゅう」を創刊し、九州観光振興を情報で支援しました。しかし、現場で地域活性化を実践するには物足りません。その思いは募り、起死回生、社内お新規事業提案制度へ応募したのです。旅館やホテルの再生支援と地域活性事業を担う新会社を設立することを提案しました。新会社にリクルートが一部出資し、OB人材の力を借りて事業を進めるという枠組みで、役員プレゼンでも大枠承認を得ました。とことが直属上司の猛反発から、かなりの制限が加えられてしまったのです。しまいには会社配下の子会社、代理店のような形でしか実現できない処にまで追い込まれました。制度を活用するか、独立するか、正直迷っていました。

そんな折「ローカルを豊にする日本一のデザイナー」として尊敬する高知県の梅原真氏に相談した処、「ピン(一人)で立て、ピンで立った井手さんなら応援するよ」と。ガツンと殴られたような気がしました。そして決め手となったのは妻の「いいんじゃないの。自分でやれるなら、やっていいんじゃないの」という言葉でした。これで踏ん切りがついたのです。小学生の頃、父が勤めていた旅館を辞めて酒屋を始めた時も、母を始め家族皆で支えたことを思い出しました。

●起業後のエピソード―

「地域活性化伝道師」として九州100ケ所以上に携る。

「バルウォーク福岡」「ジビエ料理直営店」実績次々と‼

 

長崎県波佐見町は、400年の歴史がある波佐見焼の陶磁器産業の町ですが、2000年代前半には町内至る所に製陶所跡や空き地がありました。その一つが西の原地区の2千坪の製陶所跡。ここをどうするか。波佐見アート・デザイン村の構想を練りました。古い佇まいをそのまま生かし、陶芸やアート、食をカタチにしたい若者を誘致するというもの。これを地元の窯業の商社である西海陶器社長の児玉盛介さんに提案しました。児玉さんには任せる器量があり、精鋭の陶芸家や。カフェレストランをやりたい、ギャラリーを営みたい、コーヒー豆ショップをやりたいという若者を見つけては、「まぁやってみろ」と背中を押しました。若者たちはそれぞれ建物をリノベーションし、開業していった。西の原地区は、活気がよみがえり、若い女性が訪れる拠点となりました。また、地元の棚田米やみそ、野菜にこだわったメニューを地元の女性たちと考案し「陶農レストラン清旬の郷」をオープンさせました。温泉センター復活に向け、町民から資金を募り、数千万円を集めて、「はさみ温泉湯治楼」をオープン、美肌の湯として多くのお客様が訪れるようになりました。こうして波佐見町の観光客数は’16年に100万人と、この10年で倍増しました。お金からではなく、人材の誘致や動機づけから「新しいコトや価値」が生まれ、民間主導の地域づくりのモデルができました。

’07年内閣府の「地域活性化伝道師」に任命され、水上村や荒尾市、南小国町など、九州を中心に100ケ所以上の地域にかかわって来ました。原点は豊かな自然と暖かい人々に恵まれた自らの生い立ちと、故郷への想いに他なりません。


 九州各地の地域活性化を支援するにつれて、自らの着地型観光開発商品を作って集客や賑わいを創出したいと思うようになりました。そのための組織として2010年にNPO法人イデア九州・アジアを設立。取組みの第一弾に「バルウォーク福岡」を企画、5枚綴りのチケットを3,500円で販売し、参加する飲食店数十店舗から5店舗をハシゴする飲み歩きイベントです。この原型は’08年に函館市が開催したイベントで、主催者から福岡開催の承認を得て実施。その後13回開催した現在は、飲食店100店舗、参加者5千人、2万5千食を提供する国内最大級のイベントに成長しています。
同時期に西日本鉄道と共同で路線バスを使った新しい観光開発にも取り組みました。「博多屋台をお得にめぐるツアー」「福岡夜景をオープントップバスで楽しむ」…など体験プログラムを選べるチケットと1日フリー乗車券をセットにした「福岡体験バスチケット」は現在年間1万人以上が利用するヒット商品となっています。


また創業時から温めていた飲食店を直接手掛ける構想を、’13年に九州の食材を美味しくいただく地産地消の飲食店を開業するプロジェクトとしてスタートさせました。飲食店マーケットリサーチの末、九州各地でも問題になっている害獣を、美味しい料理として消費していくことで地域活性化につなげたいという想いから「ジビエ料理」に絞り、’14年11月「情熱の千鳥足カルネ(=スペイン語で『肉』)」を西中洲の一等地にオープン。大分県日田産のシカ、鹿児島霧島産のキジ、天草産のイノシシなどジビエを串焼きやグリル、パスタ、メンチカツなど多彩なメニューでリーズナブルに提供しています。高タンパク低カロリーのジビエは、昨今福岡にもブームが到来し、おかげさまで上々の評判を頂いております。

●今後の夢、目標‼
「地域から日本を変える」人生を掛けて取り組みます‼
「田園回帰1%戦略」


現取締役の東耕一郎さんと2人で始めた会社は、2015年に10周年を迎えました。この間多様な人材を仲間に迎え、社員は総勢10名となりました。社内では全て「〇〇さん」で呼び合い、毎週の会議では業務報告の前に自分の出来事を発表します。営業マンの目標達成には報奨金を出し、全社の目標が達成できたら宴会をし、誕生日を祝い、報奨旅行に行く…、泥臭いと思われそうですが、社員との一体感を大切にするイデア流の不変の社風です。また入社後地域活性やマーケティングのノウハウを学び、独立したいと申し出た社員もでてきました。実力がついたと思う人材になれば、イデアを卒業していくものとして、送り出します。既に2名が起業しました。

また忘れてならないのは、共に様々なプロジェクトで汗を流して下さった多くの業務パートナーの存在です。社内の組織がコンパクトに維持できるのも、その都度ベストでプロフェッショナルな外部パートナーとコラボできたお陰です。先の卒業生も、今はイデアの重要な外部パートナーとして活躍してもらっています。

現代は、東京圏への一極集中が加速し、地方は人口減少、少子高齢化に歯止めがかかりません。30年後には日本の総人口は1億人を下回り、5人に2人が65歳以上になるといいます。その地方再生のカギに「田園回帰1%戦略(藤山浩さん著)」があります。中山間地域が、毎年1%の人と仕事を取り戻していけば、人口を維持できるというものです。私は、1%の人が定住するのに必要な1%の所得を上げる処方箋を地域に吹き込んでいきたいと考えています。自然と共生しながら、地域資源を生業に変換していく―。そうすれば、地方は東京圏から人を取り戻し、海外から適正な移民を受け入れ、所得を取り戻し、誰もが生き生きと暮らせる魅力的な地域になるはずです。


今後も「地域から日本を変える!」を自身のミッションとして、世代や目先の利益を超えて「For You(人のための志)」の精神を持った人材を育成してゆく所存です。今後ともよろしくお願いいたします。


▲熊本復興支援「さんま祭り」
▲熊本復興支援「さんま祭り」


※「平成28年熊本地震」「平成29年7月九州北部豪雨」の大きな天災に、九州地区地域活性化を営む我が社では全社を挙げて積極的支援に取り組みました。特に私を含む社員の故郷を襲った熊本地震は、南阿蘇村被災当事者として今でも継続的に様々な支援活動を続けております。物資供給や炊き出しなどの活動に、多くのご寄附など後方支援頂いた皆さまにはこの場を借りて改めて御礼申し上げます。

 

 

長い文章をお読み頂き誠に有難うございました。

▼井手修身さんの座右の銘 

『自らの機会を創りだし、機会によって自らを変えよ』

リクルートの社訓(今は違います)であり、今の弊社の社訓でもあります。 この考え方を、自分の心のエンジンにすると、人はいつまでも成長し続けられます。 そこに、「For You(人のための志)」の精神が入れば、自他ともにハッピーな活動、人生になります。 



〇イデアパートナーズ㈱公式サイト
 http://www.idea-p.co.jp/

〇NPO法人イデア九州・アジア
 http://npoidea.com/
○井手修身さんFaceook個人アカウント
https://www.facebook.com/osamu.ide.14


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☆認定起業アドバイザーとして活動中☆
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