▼起業家File.025 古田智子さん ㈱LGブレイクスルー 代表取締役



 ㈱LGブレイクスルー
 代表取締役  自治体業務獲得の営業支援サービス

1965年東京都港区生まれ。父親の海外赴任で小4までインドで過ごす。帰国後慶應義塾中等部、女子高、慶應義塾大学文学部へ進学。’90年東急百貨店に就職して2年後に、建築デザインの専門学校へ。卒業後建設コンサルタント会社に入社。以後18年間、官公庁を事業領域としたベンチャーコンサル・シンクタンクなど4社で企画&営業のキャリアを積む。官公庁の公務の現場を知り尽くし、即自治体の実務に活かせる研修カリキュラム開発担当及び講師としても活動。各種セミナーや研修講師としての登壇回数も1000回を超える。'13年2月㈱LGブレイクスルーを設立して独立起業。官庁・地方自治体業務に新規参入したい企業向けに営業支援サービスを開始。


●幼少~学生時代ー

虚弱だった体質も次第に改善、インドでの生活は貴重な体験。
中・高・大・就職と順調だった人生に大きな転機が・・・。

 

1965年東京都港区生まれ。今では面影がありませんが、西麻布の長屋街に生まれました(笑。祖父が鉄工所を営んでいて、当時は町工場が沢山ありました。その頃の私は「紫斑病」といって、内出血のようなアザが体中にできる病弱な体質でした。

 

4歳のとき、商社に勤める父の海外赴任でインド・ニューデリーへ行くことになりました。インドの印象と言えば、牛の糞で家を建てる時代でしたから、街じゅうが強烈な匂いだったのを今でも覚えています。街の環境も酷いもので、ちょっとした傷口からバイ菌が入り膿んで片足切断か?などという事態もあったり・・・、そんな環境が私の体を鍛えてくれたんだと思います。いつの間にか虚弱だった体質から卒業できて元気になっていました(笑。

 

現地の日本語学校は、各学年4~5人で一応文部省の教科書はありましたが、コミュニケーション中心のグループワークでした。先生は「好きなように、感じたままを表現しなさい!!」と自由な授業スタイルで・・・今ではその教育方針に感謝しています。私の楽しみは授業が終って図書室で本を読むことでした。ここで百科事典や雑誌などから日本の文化に触れていたのが幸いし、帰国してからの生活ギャップであまり困ることはありませんでした。それからインドで一番印象に残っている建物はタージ・マハルで、雄大で繊細な建物に魅了され、後の建築設計志望に大きな影響を受けました。

 

小5になる時に帰国して港区の小学校へ。学力レベルは全く問題ありませんでしたが、一番驚いたのは講義型の画一的な授業スタイルでした。1クラス50人でほとんど発言機会のない授業に海外での教育との大きなギャップを感じたものです。その当時、両親や親戚から「あなたは医者になりなさい」と言われた言葉を信じて、慶應義塾大学中等部を受験し合格。美術部に所属して、静物画や風景画を好んで描きました。そして慶應義塾女子高校へ進学。高校時代はアルバイトに明け暮れ、ふつうの喫茶店から、土日は大人に混じって会社事務員をするなど社会経験を積みました。

 

慶應義塾大学文学部へ入学して1年終了時に、父が商社のユーゴスラビア支店長であったこともあり、共産国を体験しようと休学してユーゴスラビアへ。ここでも日本からの訪問客のおもてなしから現地レストランでのアルバイトなど貴重な体験を積みました。大学復学後は国文学史のゼミで「武家諸法度の研究」に没頭。卒業は'90年のバブル全盛期、就職は東急百貨店で服飾雑貨の売場配属となり、高級ハンドバックなどバリバリ売りまくってました(笑。

 


●1度目の転機ー
何不自由ない東急百貨店での生活、
「タージ・マハル」の原風景が私を建築業界へと駆り立てた

 

東急百貨店での営業実績も順調で、2年目には売場の統括に昇進。何も問題はなかったのですが、人生上手くいってるとき程余計なもう1人の自分が邪魔をするのです。小さい頃周りから「医者になれ」と言われて育ったものの、私の一番やりたかったことは建築に関わることで、インドで見た「タージ・マハル」の光景がいつも頭の片隅にありました。そこで大胆にも、会社を辞め建築の勉強に専念すると決断してしまったのです。

 

建築デザインの専門学校を卒業する’95年には、バブル景気は吹っ飛んでました(笑。就職市場はスッカリ冷え込んでおり、厳しい建築業界に加えて、30歳独身女性を雇ってくれる会社は皆無でした。50社以上回った中で唯一最終選考まで残った1社・・・結局不採用でしたが、その担当の方が「あなたのような根性のある人は初めてみた。先輩の会社に紹介しようか?」と言われ、藁をもすがる思いでお願いして・・・。そんな経緯で、ある建設コンサルタント会社にようやくアルバイトでの採用が決定したのです。

 

仕事場ではバリバリ働き、半年で正社員に採用。とても嬉しかったのですが、同時に上司のひと言で営業職へ異動に、え~~っ。図面が引きたくて折角遠回りしてきたのに・・・しかも官公庁・お役所向けの営業などやったことがないし・・・。もともと男だけの荒っぽい職場、上司から灰皿が飛んできたり、「ボケ~!!」と怒鳴られながらも、夜討ち朝駆け何でもありで働きました。成功しても・失敗しても、女だからと言われるのが悔しくて悔しくて死に物狂いで仕事に没頭しました。

 

都庁の上層から1階づつ順番に各部署への挨拶周り、ドブ板営業が続く毎日。そして小さな打合せやプロジェクトに参加するうちに、官公庁独特の組織の役割や発注の仕組みがわかってきて、さらに1年経過する頃には、担当職員の方からお声が掛かるようになってきました。3年ほど経った頃「地球環境」を標榜する時代を向え、'96年環境総合コンサルタント会社に転職し、営業として参加することになりました。お陰で環境分野に関する調査研究、基本計画、インフラ調査、環境アセスメント、普及啓発活動、シンポジウムやイベント開催、・・・身近な処では、環境テーマの研修セミナーや職員向け研修の講師など、営業から納品まで沢山の受発注を経験できたことは、私にとって貴重な実績となり、大きな自信に繋がりました。 

 


起業のキッカケ、決断の瞬間
18年のシンクタンク人生に終止符・・・。
自治体に民間活力を!!そして日本を元気に!!

 

次の転機は'98年、上司がスピンアウトしてベンチャー系シンクタンク・アオイ環境㈱を立ち上げると聞き同乗することに。6名でスタートして7年後には30名の大所帯になっていました。この頃には、私にもヘッドハンターからお声が掛かるように・・・。'05年㈱知的経営研究所(9名の小粒ながら専門性の高いプロフェッショナル集団)に転職。この時代には私自信にも余裕がでてきまして、官公庁向けの「提案型営業」「予算化のツボ」「勝率を高めるプロポーザル・入札の戦い方のツボ」・・・など独自のノウハウを蓄積して行ったのです。

   

'12年、足掛け18年の経験の蓄積によって独自の営業スタイルも確立してきましたので、次第に自分のやりたいことと会社の中でできることのベクトルのズレを感じることが多くなってきていました。そこで思い切って会社を退職、フリーとしての独立の道を決断。一番の理由は、官公庁・地方自治体の事業発注情報と企業や団体側の情報ギャップでした。建設・土木以外の分野では、一般企業にあまり情報流通しておらず、この分野が私のミッションであると確信したのです。

 

'13年2月に㈱LGブレイクスルーという法人を登記申請し、本格的にスタートしました。LGは韓国の電機メーカーの名前ではなく、ローカルガバメントの略なんです(笑。「B(ビジネス)to LG(ローカル・ガバメント=地方自治体)」という第三のビジネス領域の活性化により、企業と地方自治体の健全な相互理解の促進とパートナーシップ形成を支援することを通じて、自治体を元気に!!日本を元気に!!という活動実現に貢献したいと願っています。

  


●起業後のエピソードー

来年のセミナーや企画受注件数が着実に増えています!!
新しい試みも挑戦!!「自治体職員勝手に応援組」・・・。

今春に入居した市ヶ谷のシェアオフィスが突然廃業することが決定し、オフィス難民になり掛けたところ、FB三田会繋がりで運良く「シェアオフィス六番町(アマルフィのある飯田ビル)」をご紹介頂きました。現在無事入居して、スタイリッシュなオフィスで、多忙ながらも充実した毎日を過ごしております。

お陰様で今年提案した企画が、来年の実施予算で確定する件数が増えてきました。「官庁・地方自治体業務に新規参入したい企業の支援サービス」というサービス自体が珍しいので、認知力アップのために、常に新しい企画に挑戦しています。そのひとつが「自治体職員勝手に応援組」、これはあくまでも個人的な活動で地方自治体の素晴らしい活動を取材応援する企画です。武雄市、豊橋市・・・など出張押しかけ取材を続けています(笑。


渾身レポート「武雄市図書館~前編」
渾身レポート「武雄市図書館~後編」
渾身レポート「豊橋市こすたりかへ行こう!」

  


●これからの夢・目標ー
官庁約8兆円、自治体約13兆円市場を狙え!!
「新しい公共」で元気な自治体、元気な日本を!!

政治にも新風が吹き始めています。'11年閣議決定された「新しい公共」=公共サービスを市民自身やNPOが主体となり提供する社会、現象、または考え方で、これまでの行政主導の管理的・画一的な公共サービスから、市民も公共サービスの提供者となったり、行政は市民に場を提供し、信頼し、権限を移譲することが求められる、というもの。公共事業の民間開放へと向っていて、あるデータでは官公庁案件の市場規模は約8兆円、地方自治体案件は約13兆円にも上ると言われています。

 

成熟化した日本の中で、民の活力が地方自治に生かされ、元気な自治体が増えて、日本が元気になる底上げをしたい、というのが私の目標です。会社設立から約1年、ようやくインフラが整いました。HPリニューアル、FBページやTwitterからの情報発信、セミナー企画の準備、新年とともにダッシュ致しますので、皆さま何卒応援よろしくお願い申し上げます。

 




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「地方自治体に営業に行こう‼」
 古田智子著 実業の日本社 1,400円(税別)



 ●古田智子さんの座右の銘

   ”Don’t look back over the past.” 過去を振り返るな。 

   成功はよそ様のおかげと知れ。失敗は自分のせいにせよ。

  (個人的な夢)
  *TEDにスピーカーとして出場したい!!
  *30数年後、
マスターズ陸上80歳〜85歳の部の槍投げで世界記録を出したい!!




▼LGブレイクスルー株式会社
 http://www.lgbreakthrough.jp/


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