▼起業家File.056 輪嶋東太郎さん ヴォイス・ファクトリィ株式会社 代表取締役

 

音楽を聴く喜びが、生きる喜びに変わる‼ 異色音楽プロデューサー

1963年兵庫県芦屋市生まれ。幼少から茶道・能舞台の子方で多くの舞台を踏む。10歳の時、伝説のソプラノ歌手マリア・カラスに感銘を受け、オペラの世界に嵌る。県立芦屋高校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、司法試験浪人生活へ。アルバイトで始めた小さな音楽事務所に就職。オペラ興行の裏方は憧れの職業だったが、アーティストと興行主の意識ギャップに悩み独立を決意。1995年ヴォイス・ファクトリィ㈱創業、関定子、べーチェチョル、平常などソウルフルなアーチストのプロデュースを手掛ける。2014年日韓合作映画「ザ・テノール〜真実の物語」のエグゼクティブプロデューサーを務め、ミラノや釜山国際映画祭で高い評価を受ける。

▲伝説のソプラノ歌手「マリア・カラス」
▲伝説のソプラノ歌手「マリア・カラス」

●幼少~大学時代―

小学5年生でオペラの世界に目覚め、以後音楽や映画が友達に‼
法律家を目標に慶應大学へ入学するも、演奏会や美術館巡りばかり…。

 
1963年兵庫県芦屋市生まれ。祖父が飲食店や不動産業など手広く事業を展開していて、祖母が梅田で日本初のカツカレーを作ったらしい?という伝説が私の自慢ネタでした(笑。幼稚園の頃から茶道や能楽などを習い、能舞台に子方(子役)として多くの舞台を踏みました。小学校時代はフツーに野球や基地ごっこを楽しむ少年でしたが、5年生の時に父からプレゼントされた一枚のLPレコードで私の人生が一変しました。

イタリアのテノール歌手マリオ・デル・モナコ(黄金のトランペットの声でレジェンド的存在)のレコードを聴いた瞬間、体中に衝撃が走り全身が痺れた状態に…。以後オペラの世界に憑りつかれ、マリアカラス(史上最高のソプラノ歌手)にも嵌り、学校が終わると即帰宅して部屋に篭ってオペラのレコード20枚位を狂ったように聴きまくったり、アーチストの伝記本を読み漁る生活が高校時代まで続きました。この頃の将来の夢はイタリアオペラの殿堂、ミラノのスカラ座の「裏方」になることでした。

また小学生の頃から夢中になっていたのが英語です。学校には外国人の子どもさんもいて、"Sit down!!"犬に英語で話しかけ、犬は”Bow Bow"と会話している光景を見て、「カッコイイ‼犬でも英語が判るなら、私にもできる」と英会話を習い始めました(笑。近所に住む外国人の方からの個人レッスンでは、単に英語を勉強するだけでなく、オペラや音楽など英語圏の文化にまで幅広く触れることができ、お陰で英語力は飛躍的にに向上しました。

中学では一応軟式テニス部に所属しましたが、休日には一人で三ノ宮のレコード店巡りや好きな映画を観ることが楽しみでした。毎月映画雑誌「スクリーン」「ロードショー」を読み、「ローマの休日」「パピヨン」など名画を中心に鑑賞。家庭の事情が複雑なこともあり、「生きることの苦悩」と向き合うことばかりが多かったので、その苦しみからの解放の手段が、音楽や映画だったのです。また目立つことが嫌いで友達も少なかった反面、学級委員長や生徒会副会長などを任される場面が多く、表面的には優等生的な側面もあるところが、さらに自分を苦しめていました。

大学は一年浪人の後、慶應義塾大学法律学部法律学科ほか法学部を受験。身近に法律の理不尽さを肌で感じた出来事があり、大学では法律を学びたいと思ったのがキッカケです。慶應受験の面接で、世界的な被害者学の権威であった宮沢浩一教授に当たったのですが、なぜか音楽談義で話が盛り上がり合格に至りました(笑。

当時の大学生の話題は、専ら車、テニス、スキー、コンパなどでしたが、私はそんな雰囲気に全く付いていけない状況でした。そもそも当時は(40歳位まで)お酒の飲めない体質だったので、流行りの「一気飲み‼」はアンビリーバブルな世界であり、一応テニスのサークルに参加しましたが自然消滅的に退会。あまり大学には通わず、勉強もせず、気に入った演奏会や美術館などに入りびたり、ごくごく少ない親友たちと明け方まで「なんのために生まれて来たのか」「生きる目的はなんなのか」など超重いテーマで議論するというような、全く根暗な大学生活を送っていました₍苦笑。

●浪人時代、就職

法律家の道を再度志し、司法試験浪人を2年間…。

偶然見つけた懐かしい音楽事務所名、子供時代の夢が実現し人生覚醒‼

 

 就職時期になっても、自分の生き方が定まらず、そのまま社会に出る準備ができていなかったため、本来大学入学時に目標としていた法律家の道を再度目指し、早稲田司法試験セミナーに通うことに…。ただ今振り返れば真に法律家になりたかったという訳ではなく、とりあえずの時間稼ぎだったのだと思います(汗。

 

司法試験の勉強を続けて2年経ったある日、ジャパンタイムズに掲載された音楽事務所の求人募集の小さな広告を見ていて、「あっ」と思いました。大学時代にその会社の企画する演奏会に通い続けていて見覚えがあったことと、子供の頃の夢(オペラ座の裏方になる‼)やオペラに嵌っていた子供時代が走馬灯のように駆け巡ったのです。面接に行くと、話もそこそこに即採用「翌日から来てください‼」と。そして、それが今の私の人生の方向に決定的なものとなったのでした。

カルロベルゴンツィ(伊テノール歌手)、アルフレードクラウス(スペインのテノール歌手)、フィオレンツァ・コッソット(伊オペラ歌手)…これまで私にとって、天上人の存在であった心から愛しリスペクトするアーティストの方々の興行に携り、そして彼らと観客をつなぐ仕事は、どんなに大変であっても、常に幸福感に溢れた仕事でした。子供の頃からの夢が叶い、歴史に長く残る大芸術家たちと共に過ごす時間そのものが、宝石のような宝物の瞬間でした。偉大なアーティストであればあるほど、普段は実にシンプルで飾らず、また自分の知らない歴史的エピソードを彼らの口から直接聞けることが本当に幸せでした。

小さな音楽事務所でしたので、基本的に何でもやらなければならず、そのおかげで一つのイベントを仕切るためのノウハウが自然に身に付き蓄積することが出来ました。また入場料が高額にならざるを得ない日本のクラシックコンサートにおいて、欧米のオペラハウスにある天井桟敷のように、学生に低価格で席を提供するシステムを作ったり、障害をもった人々に対する優先シート設置など、業界にとって新しい仕組みの導入も実現しました。


しかし華やかな表舞台の世界とは裏腹の影の部分にも触れることに…。それまでは聴衆として接していた本来美しく純粋であると思っていた世界が、実は裏方には色々矛盾が多く存在し、そのために、芸術の本質と真逆ともいえる業界のあり方を知り、そのことに対するストレスが日増しに大きくなってゆきました。本来アーティストには最高のパフォーマンスを演じてもらうために、ベストなセッティングに調整するのが私達の仕事である筈なのに、(ビジネスとして)アーティストに無理難題や厳しい条件を要求しなければならない場面が多々あり、その交渉役がいつも負担に感じていました。

 

●起業のキッカケ、決断―

天の恵みか、大きな音楽事業プロデュース案件の依頼‼

魂の籠った舞台を演出する夢が叶った時、業界初の制度を次々導入。

 

業界へのストレスは一層募り、別の音楽事務所へ転職したものの事務所社長の意向は大して変わらない状況でした。私の仕事への情熱やモチベーションは相変わらず高く、演奏会の企画、アーティストとの交渉・調整・アテンド、集客、運営などノウハウは着実に蓄積され、表面的にはイキイキと働いていましたが、そろそろ勤め人の限界かな、と思い始めた矢先のことでした。そんな私の仕事ぶりを見てか、思いも寄らぬお話を頂いたのです。

1995年32歳の時、ご縁のある会社社長から私ご指名で「文化事業のプロデュースを任せたいので契約して欲しい」という、まるで夢のようなお話を頂きました。さて今後どうしようか、と悩んでいたところに、渡りに船といえるような、天の采配としか思えない有難いお話でした。…という訳で、1年以上はやっていける予算のお仕事を頂き、ヴォイス・ファクトリィ株式会社は船出をしたのです。

細かい事業の構想を描いてスタートした訳ではありませんが、自らの意思と責任で仕事ができる環境になったときに、自分でやりたかったこと、やるべきことについては確固たるものがありました。「命を掛けた本物の芸術を提供するアーティストと共に、魂のこもった舞台を提供する。そしてそのような使命を持ったアーティストを世に出す」という想い(現在も不変)だけで突っ走りました。

運は巡ってくるものです、一発目の大きな企画を構想していた時「その命をかけた本物のアーティスト」との運命的な出会いがありました。関定子さん、日本では無名に近かったのですが、1977年に欧州主要コンクール7つのタイトルを総ナメにしたソプラノ歌手。事前にデモテープで聞いていたものの、目の前で魂の籠った美声を聴いた瞬間に、大きな大きな手応えを感じました。またもっと身近に気軽にクラシック音楽を楽しんでもらうためにご協力頂いたのが、岸田今日子さん、冨士真奈美さん、吉行和子さん…など知名度が高く、しかも音楽文化に造詣の深い女優の方々で、この時生まれたのが「女優が贈るおしゃべりコンサート」です。とにかく初めて全てをプロデュースできる環境になり、頭の中でアイデアがフル回転しているのを実感しました。このコンサートシリーズは、これまでクラシック演奏会に馴染みのなかった新しいファン層を巻き込みながら、当社事業の大きな柱に成長しました。

独立して自らの意志と責任でプロデュースできる立場になった時に、勤め人ではできなかった「やってみたいこと」がいくつかありました。

▶「クーリングオフ制度」
従来クラシックコンサートに行く場合、出演者について詳しい知識のある場合を除くと、聴衆は前評判や提供側の宣伝文句を信じてチケットを買うしかなく、例えその結果が自分の満足いく内容でなかったとしても、リスクは全て聴衆自身が負うしかありませんでした。しかし、より多くのクラシックコンサートに気軽に足を運んでいただくためには、その環境作りの一環として、主催者もリスクを負う必要があるのではないでしょうか。

▶「ベネファクターチケット制度」

コンサートをスポンサーする…その行為は誰に向けられるのでしょう、スポンサーは何をサポートするのでしょうか。コンサートそのものを支援するのではなく、聴衆一人一人が、もっと「肌のぬくもりを感じることができるスポンサーの形」として提案したのが、このチケット制度です。個人や企業がべネファクター(“支援者、慈善者”)として3枚1口のチケットを購入、、本人の他、1枚は視聴覚障害者に、もう1枚は手引きをするボランティアにプレゼントして、共に音楽を楽しむ環境を生み出す支援をしようとするものです。

▶未就学児童入場歓迎のコンサート

通常クラシック音楽のコンサートには未就学児童の入場は認められません。小さい子供たちが音楽ホールで生の演奏に触れる機会は大変少なく、そして小さな子供を持つ親も子供が小学校に上がるまで、一緒にコンサートに行くことができません。でも音楽は、五月の晴れた日の太陽のように、私たちすべてに等しく降注がれているものだと思います。子供を対象とした<子供のためのコンサート>ではなく、大人と未来を担う子供たちが、音楽を通じて感動的な時間と空間を共有することができる演奏会として、未就学児童(3歳~6歳)の入場を認めた、これまで例のないコンサートを開催しました。

 

▲日韓合作映画「ザ・テノール」
▲日韓合作映画「ザ・テノール」

●起業後のエピソード―

べー・チェチョル氏との出会いと、その後の苦悩・奇跡の復活、
NHKがドキュメンタリー番組化、そして映画「ザ・テノール」公開‼

 

 独立起業して約20年、喜びも苦しみも沢山あり過ぎて語りきれませんが、やはり一番のエピソードは、べー・チェチョルさんとの出会い、全国公演、彼の病気、手術、その後の葛藤、再手術…奇跡の復帰までの闘いとその映画化になるでしょう。

べーさんとの出会いは2003年、あるコンサートを企画していて適任のテノール歌手を探していた時のことです。当時欧州で活躍し始めていた韓国人テノール歌手として、東京でお会いしました。羽田からスタジオへ直行して頂き、その歌声を聴いた時、目が点になったのです。これまで世界中の音楽を聴いてきた私の耳の自信はあったのですが、「小5で初めてオペラを聴いた時以上の衝撃‼私の人生でもうこれ以上のテノールとは出会えない‼」と身震いするほど興奮しました。そして9月のオーチャードホールの日本デビューは勿論のこと、2005年には全国主要都市でのツアー公演に発展し大成功を収めることができました。


しかし翌年規模を拡大しての全国ツアー企画中に、べーさんの甲状腺がんが発覚、ドイツで手術したもののべーさんは声を失ったのです…。私もそのことを知って1週間後にはドイツへ飛び、べーさんとトコトン話し合いました…。そして救世主である一色信彦先生(京都大学名誉教授)と出会い、超難易度の高い声帯再生手術によって、奇跡の復帰を遂げました。2008年12月に復帰公演を開催、円熟味を増したべーさんの声に私も本当に感動しました。そしてこの一連のストーリーをNHKが2007年12月にべーさんのドキュメンタリー番組として製作。さらに翌年には韓国KBSでも放映され、これが日米合作映画「ザ・テノール」に発展したのです。

約4年に渡る映画製作プロセスで、七転び八起きどころか、数十回の(死も考えるほどの)苦難の末、2014年秋に完成。製作途中の何度も挫折を繰り返したことなど、地獄の修羅場の経験談は一冊の本にできる位に語りつくせませんが、とにかく幾多の苦難を乗り越えて映画が完成したことで、日韓製作チームの強い絆を生み出せたことを誇りに思います。特にプサンの映画祭では、ワンカーウェイ監督(香港「アジアのスピルパーグ」)に「映画の成功は興行収入ではなく、人が変われる映画かどうか‼ その点でこの映画は既に成功している。文化のチカラで未来を変えよう‼」という賞賛のお言葉を頂けたことが最高に嬉しかったです。

「ザ・テノール」予告編

べーチェチョルさんインタビュー

ユ・ジテ氏&伊勢谷友介氏


 

また御尊敬申し上げる日野原重明先生や日野原眞紀さまからは、映画「ザ・テノール」完成以来並々ならぬご支援ご高配を頂いております。新橋での特別試写会の開催やプサン映画祭には超多忙なスケジュールの中を訪韓頂いたり、国会議員向けの試写会にも「日韓の架け橋として重要な映画」と熱い応援演説を下さいました。またべーさんの東京リサイタルには「彼の歌を聴くことは、神の栄光を見ることです」というメッセージを頂き、何度もご来場ご鑑賞頂いております。日野原先生自らがプロデュースする「奇跡の歌声に乗せて、愛と生きる力をあなたに」コンサートも4回目の公演を迎え毎回満員御礼という素晴らしいイベントになっております。日野原先生の優しさと愛に溢れるご支援とお心遣いには、本当に感謝いたしております。

 
映画の興行自体は日韓の政治的環境低迷の時期もあり奮いませんでしたが、まだまだこれからの映画だと思っています。日韓関係改善とともに、日韓文化の懸け橋の象徴として、ロングランに愛される作品に育てて参るつもりです。また㈱ソーシャルキャピタル・プロダクション様主導で「熊本に映画を‼チャリティ上映会」プロジェクトが立ち上がり、熊本地震の復興を映画「ザ・テノール」で応援する企画が7月からスタート予定です。

▲人形劇俳優たいらじょう「王女メディアの物語」
▲人形劇俳優たいらじょう「王女メディアの物語」

●今後の夢、目標‼

天才・平常さん(人形劇俳優)との衝撃的な出会い。
命がけで音楽に取り組んでいる「アーティスト」と歩む

 

現在弊社のパートナーアーティストは3名、関定子さん、べーチェチョルさん、そしてもう一人は天才アーティスト平常(たいらじょう)さん、人形劇俳優というとてもユニークな職業。2005年友人の紹介でジョーさんの舞台を見た時、度肝を抜かれるほど超ド級の衝撃が…。ジョーさんは札幌市出身、2歳で人形劇を覚え、12歳で一人人形劇界にデビュー、日本舞踊、人形浄瑠璃などの伝統芸能のほか、パントマイム、ダンスなど様々な要素を取り入れた独自の表現力には脱帽です。舞台の構成、演出、美術、作曲、人形操演など全て一人でこなし、「人形劇の概念を覆す鬼才」として話題を集めていました。04年(15歳)には史上最年少で日本人形劇大賞で銀賞受賞…。幼児からシニアまで世代別の作品レパートリーも充実し、海外公演も増えており、まだまだ伸びしろの大きいアーティストです。

会社としての夢・目標は、常にこれからも、人々や社会のために役に立ち続けて、人々に必要だと思われる存在であり続けることです。芸術は人と人とを結び、他者に対して共感する感覚を芽生えさせ、そしてその共感が平和な社会や未来を創る大切なステップになると信じています。そのために、一人でも多くの人々に弊社のアーティストの舞台や演奏に触れてもらうこと。そして、まだ私たちが知らないだけで、そのような社会に貢献できる本物の芸術家を一人でも多く見つけ出し、彼らの使命を社会で果たすことのできるように、ともに歩き続けることができれば幸せです。

 

<これから挑戦したいこと>

弊社のアーティスト、そして事業が日本と韓国だけでなく、国と国との関係を変えること。

・ベー・チェチョルさんと日野原重明先生の全国ツアー公演、また韓国公演を開催する。

・日韓首脳会談の時に、ベー・チェチョルさんが日韓友好の架け橋として歌う。

・日韓両首脳にそろって、映画「ザ・テノール」をご覧いただく。

・2018年、イスラエル建国70周年にテルアビブオペラハウスで、ベー・チェチョルコンサートを開催する。
 日本と韓国からそれぞれ300人ずつ参加し両国からチャーター機でイスラエル公演へ。

長い文章をお読みくださり、有難うございます。これからも魂のこもった興行イベントをひとつひとつ丁寧に開催して参ります。普段クラシックに関心の薄い方でも充分楽しめる内容になっておりますので、ご来場の機会を頂ければ幸いです。

寺山修司原作「毛皮のマリー」CM

「お花のハナック」紹介

「王女メディアの物語」紹介


 
▼輪嶋東太郎さんの座右の銘  『感動は愛である

どんな社会のどんな人にとっても、一番必要なものは愛だと信じています。

感動に満ちたとき、人間の心は愛に満たされて、他者に対する思いやりがわいてくるように創られていると思うのです。そして、今の私の人生の基、私の信じるキリスト教では「神は愛である」と言います。

私たちが、人生のすべての時に求めるべきは、この愛であり、芸術はこの目には見えない愛を見えるようにし、また実感させることのできる凄まじい力を持っていると信じているからで、私たちの仕事もそのために存在すると信じています。

 


〇ヴォイス・ファクトリィ株式会社HP  
 http://voicefactory.jp/
〇映画「ザ・テノール」公式サイト  

 http://the-tenor.com/
〇人形劇俳優 平常(たいらじょう)公式サイト
 http://tairajo.com/
○輪嶋東太郎Facebook個人アカウント
 https://www.facebook.com/totaro.wajima


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☆認定起業アドバイザーとして活動中☆
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